「隠れ待機児童」の「隠れ」に不快感

認可保育施設に申し込んだのに入れなかった子どもを「待機児童」と言うそうだ。ただし自治体から「待機児童」として認定されなかった子どもは「待機児童」ではなく、「隠れ待機児童」と呼ばれるらしい。

少子高齢化社会で、小学校なんかが廃校処分にされている。だったら、廃校したところを「認可保育施設」に衣替えして、利用すればいいではないか。人手は、廃校にした学校の教師らを雇用すれば済む。やる気があるのかないのかだけのことだ。

それにしてもメディアが使用する「隠れ待機児童」という表現に、何とも言えぬ不快感を覚えたのである。まるで「待機児童」が隠れて、こそこそしているように思える。まだ「隠し(=隠ぺい)待機児童」の方が実態に即しているのではないか。

「正義」を考える

正義って何だろう。
「道理にかなっていて、正しいこと」と辞書(新明解国語辞典)には書かれている。
じゃ、道理って何だろう。
「世間で正しいと認めた行いの筋」という。
なるほど、では正しいとは何だろう。
「道理・法にあっている様子だ」「真理・事実などに合っていて、偽りやまちがいが無い」とある。

メディアの情報は「正義」だろうか。
政治家の行為は「正義」だろうか。
そもそも私の思考は「正義」だろうか。

消去法的投票術

まず大阪から。「橋下集権阻止」を。
橋下が唾をつけて応援する「あんちゃん」には×(バッテン)を。
これで選択肢の幅は狭まる。
さらに、じいちゃん(岸信介)の七光りで政権の座に就かせてもらっている安倍の「ミニクイ・カス」一派には×(バッテン)を。
これで選択肢の幅はぐんと狭まる。
そして、誰の幸せを追求するのかわけの分からぬ宗教団体「幸福実現党候補には×(バッテン)を。
選択肢の幅はまたまた狭まる。
それにしても、よくもこれだけ、有象無象が「政治屋候補」に名を連ねるものだ。
とにかくこうして、×(バッテン)を付けていったら、○を付けるのはゼロ。
仕方ないから一番最後に×(バッテン)を付けた輩に、私の貴い「穢れた」1票を進ぜようぞ。

総選挙の愚

大阪府橋下知事が府政を投げ出して、大阪市長選に出馬したのは昨年の秋。
みごとに市長職を得たものの、戦(いくさ)好きの性癖はおさまるところを知らず、今度は国政に舌なめずり。

やりたいことなど何もないまま、昨年春の都知事選挙に出馬し、みごとに都知事に再再選された石原爺。することもなく、尖閣問題に火をつけて、あげくは都知事の任期2年余を残して、「退屈な知事などや〜めた」といって、この秋国政に打って出る。

そうかと思えば、野田首相民主党政権を3年で投げ出して、衆議院を解散して総選挙へ突っ走る。

受けて立つのが、自民党の安倍総裁。数年前におろおろと政権投げ出した坊ちゃんが、また選挙ゲームを頑張るんだという。

とにかくこの国の、政治家は、政治よりも何よりも戦(いくさ)が大好きで、選挙選挙に明け暮れる。12月に行われる総選挙のお祭り騒ぎも奴らはすぐに飽きて、次は参議院議員選挙に現(うつつ)を抜かすだろう。

奴らの楽しみの選挙ゲームの費用は税金でまかなわれ、有権者の一票は、賭けに要するチップのようなもの。

選挙ゲームに熱を上げ、酒盛りで盛り上がる奴らのカゲには、東北大震災の被害者がうめき声を上げながらうごめいている。

なさけなや、われらが島国。

2012年10月25日のツイート

2012年10月24日のツイート

2012年10月23日のツイート